久しぶりに剛らしいという表現はどうだろうか?
・・・らしいという言葉ほどミュージシャンにとって重い言葉はないのかな。そして抽象的だ。男らしい・女らしい・人間らしい。男らしくなりたい!って漠然としすぎていて、結果としてそう表現されるならまだしも、そうなりたいと願うことはそれほど重要ではない。何故なら大抵既にそうだからだ。
男は男であり、女は女。
男らしいとは?女らしいとは?
これほど困る質問もない。それぞれの価値観があり嗜好の世界。らしいとは既に確立された何か!?があるはずなのだ。
それでも剛らしいと感じるのは、やっと自由な表現を取り戻しつつあるのではないだろうか?正直ここ数年、長渕剛さんに心を鷲掴みされることがなかった・・・。ブログの更新が激減したのも、多忙という事はあったもののそれもある。サボり癖がついたこともある(笑)。
音楽の方向性は多様であり、プロである限り売れることは宿命。売り上げを置いといてなどとはあるはずもない。長渕剛の歌は様々な変遷がある。一貫して彼は変わらないのであると思うのだが、表現の手法は変わったように伺える。LOVEとSONGSも懐かしかったが、過去の作品はそっとしていた方がいいのかもしれない。
ラブソングと括られたラブソングは少し窮屈だ。ラブソングらしいという幻想だった。悲しいかな、桑田圭祐さんには叶わない。ここからが大事なお話(多分ですが・・・。)これ一般論の話でイケない思いだ。イメージのラブソングという世界ね。ラスストーリーのドラマであったり、映画であったり。恋愛とか愛とか本当は必ず幸福を感じる世界ではないのに、何故か良い思い出に変わる。浸れるんだよね。
さて、肝心の蝉 semiなのですが、ヒントはSAMURAIなのかなって思うのです。ニューアルバム『FRIENDS』の一発目SAMURAIをアミュ広場の詩画イベントで聴く事が出来ましたが、これがアルバムの一曲目かと思うとゾクゾクします。するはずなのです。このゾクゾク感こそ、言うなれば僕の剛らしさです。
SAMURAIというアルバムがあります。ここに繋がる何かを感じています。猿一匹,唄えば侍、でんでん虫、ふるさと、Never Give Up。FRIENDSのSAMURAI、蝉 semi、東京。面白いんですよね。そして長渕さんのアルバムと言えば、必ず一曲はライトな感じの歌があるではないですか?彼の癖なんだと思うのですが、タイトルから行くとFRIENDSではBlue Jeans!?かましたれ!?
ちょっと息抜き(というのかなぁ)の歌があるのは、彼のアルバムの充実度のせいなんだと思います。ということで非常に楽しみなアルバムFRIENDSは、お勧めの一枚になることは間違いありません!
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