公開録音「bayfm ON8 feat. Tsuyoshi Nagabuchi」500名だけの募集は六本木ヒルズでしたね。先日行われた鹿児島での詩画パフォーマンスでも、蝉の文字を書き上げた剛さん真っ黒な顔していましたので、躍動する彼を堪能出来るはず。
蝉が鳴いていますよ。普通に蝉が鳴いていると、
煩い!!
なのですが、温暖化というわりに遅く鳴き始めた蝉達が一生懸命鳴いていると、彼らもチキショウ!なのかな?って・・・。そういえば・・・なのですが、習字などというものから大分遠ざかっているように感じます。習字ならまだしも文字を書くってことがなんと少なくなったと思いませんか?
手紙を書くということが何だかとっても効果的なことに例えられ、ラブレターは死語なのか?気持ちを伝える手段がメールになったなどと話を聞くと、時代???何の時代だととりあえず突っ込んでおきます。Σ\( ̄ー ̄;)ナンデヤネン
メールで誰かを口説くってありますか?
口説かないまでも大事な人とのメールのやり取りには、絶妙の駆け引きが存在します。手書きの手紙を超える時間軸の登場です。パソコンや携帯などのメールでは機会依存の文字が文章を作ります。それが味気ないとか表情がないといわれるのですが、時間軸の登場と妙な相手への配慮!?(どこか日本的なものだと考えます。)は、手書きの風情を超える場合があると思うのです。
勿論、パソコンなどの文字はフォント依存です。これがもし、自らの文字を登録出来るとなると更に面白いのでしょうが、相手に伝えるという言葉でも難しい事を文字で伝えるのですから、特徴あるフレーズが必要になります。これは無意識であり時に意図的であり、時に予想しない結果に泣くのです。
たま〜に文字を書くと、漢字を忘れていたり字が異様に下手くそになっていたり。こんな字で相手が読めるかな?って気になるんですよね。ところが墨の文字ってのは味わいになってしまう。それを芸術かと尋ねたら?どうなんでしょうね〜墨の文字のなせる業っていうのでしょうか。
アミュ広場での詩画イベントを雑踏の静けさと表現させてもらいましたが、習字というのか墨で字を書くという行為は、グッとなる集中力が伝わってきます。ベースにある街並みの雑踏、時折聞こえる剛さんの気合の声。なんとなく聞こえる筆の動きの音。多くの人の視線の音。後ろからイベント観覧だったので、モニターを通じてあるいは頭の間から見えるその動きを感じた・・・。気合いって感じるものだと実感。
間近で見た蝉の文字。あの大きなキャンパスに・・・今何処にあるのでしょうね?





