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2005年07月24日

長渕剛 HEAVY GAUGE。1983年キーワードは演歌。

1983年長渕剛アルバムHEAVY GAUGE発売。僕のギターにはいつもHeavy Gaugeや僕だけのメリークリスマスを含むアルバム。

長渕剛
発売日:1988/05/25
価格
曲目 | 1.ドント・クライ・マイ・ラヴ | 2.わがまま気まま流れるまま | 3.おいで僕のそばに | 4.冷たい外国人 | 5.すべてほんとだよ!! | 6.いかさまだらけのルーレット | 7.―100°の冷たい街 | 8.僕だけのメリークリスマス | 9.午前0時の向こう側 | 10.僕のギターにはいつもHeavy Gauge |
あまなつ



1983年未だかつてない演歌の黄金期。今も昔も演歌は存在するのだが、ヒットチャートを賑わし売れた年。さざんかの宿・矢切の渡し・氷雨・浪花恋しぐれなどなど年間チャートにも姿を見せる。しかし、この年から演歌の元気がなくなってきたといってもいい。現在の演歌の第一線も彼たちであり、氷川きよしなど若手の間に、ポッカリと大きな穴が開いている。

演歌も当然ながら根強い人気がある。だが、音楽のジャンルが多様化して、歳を重ねると演歌という時代でもない。ある演歌の大御所が、人材が育つまで時間がかかるという話をしているのをTV番組で見た。本当にそうなのだろうか?ジワジワ売れるというのが演歌。という発想そのものが、現状の演歌界の縮図である気がする。

ワビ・サビのいかにも日本的な心を歌うジャンルである演歌。結局、人の心がつかめず、時代さえもつかめていないのだろうか?日本のドラマ界と共通の悩みをそこに見る。ドラマの世界も、人材の使いまわし。同じ俳優が違うキャラクターを演じている。前のイメージも消えぬまま、また新たな主人公。どんどん新鮮味がなくなる。同じ俳優でも視聴率が取れなくなった。というニュースを今年も耳にする。俳優の実力であるのかもしれない。

1983年は、演歌の黄金期でありピークだった。松田聖子と中森明菜がアルバムのチャートを独占し、アイドル全盛でもあった。この年の12月あの男がデビューする。尾崎豊である。少年達の不満は行動として現れた時代。伝える手段は言葉であった時代。何も口にしなければ、何も伝えられない。言葉が大事だった頃、話し合うということが最大のコミニケーションだった。

彼の歌に時代を共感したものは多い。尾崎が逝った今彼の言葉は少年のまま。僕にはこんな経験がある。学校の帰り道本屋に寄った。顔見知りの親父さんから

「もしかして、XX君知っているんじゃない?」

「はい、何かあったんですか?」

「彼の家族ね、ガス漏れの事故で・・・」

まだ高校生になりたての頃だった。とてつもない衝撃を覚えたのを記憶している。今でも、

「何してるの?」

彼の言葉が思い出される。そのときの彼は中学生のまま。時代が止まるという経験を、尾崎豊にも感じてしまう。流れる時間が止まってしまうことを、痛烈に教えてくれた。


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2005年06月12日

長渕剛 時代は僕らに雨を降らしてる。音楽戦国時代?!

長渕剛 時代は僕らに雨を降らしてる。このアルバムが発売されたのが1982年。この年は音楽業界にとって革命の年だったかもしれません。それはコンパクトディスク(CD)が発売された年。まだまだレコードが主流で一般的ではなかったけれど、数年で音楽ソフトの媒体の主役の座に。

僕自身CDを始めて買うのが3年後。それまで存在すら知らない状態でした。音はいいけどレコードジャケットの存在がなくなり、音楽と共に楽しみだったジャケット写真が楽しめなくなりました。当時を知る方には、劇的にレコードからCDに代わった店頭の風景を懐かしむことと思います。

さて、この1982年の音楽業界はあみんのヒットに見られるポプコン出身がキーワード。セーラー服と機関銃の薬師丸ひろ子、聖母たちのララバイの岩崎宏美など、映画やTV番組の主題歌をアイドルや歌手が歌うということが一般的になったとき。また、セーラー服と機関銃のサウンドトラックアルバムがヒットして、サウンドトラックの需要が認められた時でもあると思います。

しかしこのポプコンは、当時の音楽界でメジャーになる最大のイベント。ポプコンで優勝したり入賞することで認められる。事実ヒットチャートには多くのポプコン参加曲がランクイン。ただ、多くの歌手が一発屋になっているという事実もある。

音楽で食べることが、それ以前に売れることが難しい時代に、ポプコンという音楽の祭典はそれを可能にした。当然有名になりTV出演やレコードデビューなどもある。天狗になるなといっても難しい。長渕さんの1度目の上京で挫折を味わう。それから福岡での本当の音楽家への道が始まる。

このポプコン出身で、誰もがその活躍を知っているのは中島みゆき。長渕剛とともに今でも第一線での活躍となると少ない。一発屋という言葉を生んだとはいわないが、祭典で優勝することが最終目的かのような参加者も多かったのか?業界の裏方になったり、ファンが離れたり。多くのミュージシャンを輩出した功績は大きいが、音楽業界で生き残る厳しさを見せ付けた一面もある。

ファンに支えられる。これはどの業界でも共通だ。愛されるには永遠の努力が必要。努力を惜しまないものが、華やかな第一線にとどまることができる。想像のつかない努力。華やかなステージではそれを見せることはない。プロたる所以。ただファンは感じている。今度何をするんだろう?そう期待する。そして感謝する。楽しませてくれてありがとう。



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2005年05月15日

長渕剛LIVE 俺らの家まで、東京?鹿児島?

1981年、長渕剛LIVE発売。フォークの名曲が名を連ねる。この年の音楽界は、寺尾聰のためにあったといえるかもしれない。ルビーの指輪の大ヒット。これは強烈に覚えています。寺尾聡って誰?そう思いましたが、西部警察のリキだよって。あぁ、あの人か〜って。何で歌っているの?正直な感想。ザ・サベージというグループサウンズに所属していたなんて知りませんしね。

また、松山千春(時代をこえて・木枯らしに抱かれて)やオフコース(We are・セレクション 1978〜81)や大滝詠一(ロング・バケイション)がヒット。横浜銀蝿のぶっちぎりなんてヒットした年です。近藤真彦がスニーカーぶる〜すでデビューし、松山千春がザ・ベストテンで長い夜を披露。TVにかぶりついていましたね。フォークから演歌まで様々な曲がヒットチャートをに賑わせ、耳にした時代です。

ピンクレディーが東京・後楽園球場にて解散コンサートを行なう。ビックアイドルが消え、松田聖子が台頭。最近、昔アイドルだった人の暴露話が流行っている。当時の裏話は興味があるが、余りに暴露もねぇ。たまに、アイドルを夢を売る商売って言うな!って突っ込んだりします。極まれにですが(⌒▽⌒)

長渕剛LIVEの収録曲に、俺らの家までがあります。ちょっと詩の意味とは違うのですが、不思議な感覚に襲われた瞬間。帰省の時感じた話です。

上京して3年までは、正月くらい帰省しようと思っていました。始めのころは鹿児島に帰ってきたなぁっと感じていたものが、何時からか東京に戻った時そんな感覚に襲われた。羽田に飛行機が下りると、帰り着いたって。鹿児島は故郷。そう思っていたのに、東京のほうが懐かしく感じた。変な気持ちに襲われた。俺らの故郷はどこって。

東京出身の方には、理解できない心境かもしれません。旅行に行って行きは時間が長く感じ、帰りは早いってありませんか?何処かそんな感覚です。田舎者が東京に慣れた瞬間だったのかもしれません。平凡な生活に我慢できず、かといって何かするわけでもなく。時間だけが容赦なく過ぎていく。平凡ということが、どんなに大変なことかわからず、それを拒否する心。誰も見ていないのに、人ばかり気になる。

今こうして鹿児島にいると、そんな感情を懐かしく思い出す。俺らの家は鹿児島!東京は多くの友達をくれた。感謝します。

さて、今日は募金ライブでした。残念ながら懐かしい友人の来客があり、参加できませんでした。盛り上がったことと思います。42曲ライブいいね〜。

LIVE 1981/3/5発売

【収録曲】
巡恋歌
順子
ひざまくら
夏祭り
祈り
暗闇の中の言葉
俺らの旅はハイウェイ
二人歩記
しゃぼん玉 挿入曲「しゃぼん玉」
帰って来いよ
俺らの家まで
逆流
乾杯
さようならの唄



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2005年05月12日

長渕剛 乾杯。1980年あなたの順子は誰でした?

1980年、長渕さんに出会った年。大ヒット曲順子の誕生の年。この年は、田原俊彦・松田聖子のデビューの年でアイドル全盛期の始まりの年。私の記憶では、鹿児島の桜島で幻のたのきんトリオのコンサートが予定されていたと思う。たしか台風で中止になったはず。今考えると、何故鹿児島だったの?という疑問が湧きますが、凄い人気でしたから。

この年は、歌い継がれる名曲が多く発表される。ダンシング・オールナイト・異邦人・ランナウェイ・贈る言葉・RIDE ON TIMEなどなど。未だにカラオケやリバイバルで聴く事がある。アルバムでは起承転結(松山千春)・ソリッド・ステイト・サバイバー(YMO)・おかえりなさい(中島みゆき)・印象派(さだまさし)勿論我らが長渕剛・激流も大ヒット。段々音楽志向が決まり始める頃でしたので、その時期に長渕さんに出会ったのは幸せだった。現在の多様な音楽に比べたら、まだまだ選択肢の少ない頃。それだけにYMOは衝撃的だった。

社会的には、静岡駅前地下街でガス爆発とか新宿バス放火事件とかモスクワ五輪に日本不参加など、暗い時代だったかもしれません。80年代ってバブル期だけ思い出される感じですが、その始まりの年はとても印象深い年だった。まだまだグローバルな感覚もなく、狭い世界だった。東京ってとてつもない距離を感じた頃だった。まぁ驚きはこちら葛飾区亀有公園前派出所。連載開始というわけではありませんが、この当時も人気漫画だった。それが今なお健在とは!驚きますよね。Dr.スランプの連載が始まった頃です。

ラジオ全盛のときだったかも知れませんね。オールナイト日本を聴く事が、何か大人に感じた頃。いまや大物となった、中島みゆき・松山千春・タモリ・桑田佳祐・長渕剛・笑福亭鶴光がパーソナリティを勤めた第1部。今よりタフだったかも・・・。

とにかく順子のヒットで、長渕剛の存在を知り、好きな子の名前に変えて歌う。勿論こっそりですよ。いや〜純情な時代でした。ヒーローやアイドルなどカッコイイ者に憧れる。10代は大抵そうなのですが、漫才ブームを忘れてはなりません。TVのプログラムとして漫才が認められ始めた時。現在の若手お笑いブームとは大分質が違う気がしますが、音楽や漫才など感性の達人は、時代や世代を超えることが出来る。人の心を掴むことは、難しくもあり楽しきことなんでしょうね。

乾杯 1980年9月5日発売
【収録曲】
決心
プロポーズ
手のひら

もう一人の俺
プライベート
白と黒
ヒロイン
暗闇の中の言葉
乾杯


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2005年05月03日

長渕アルバムヒストリー開始。風は南から

長渕剛さんのアルバムとその時代を追う。そんなカテゴリを開始します。まずは風は南から。

風は南から。このアルバムが発売されたのは1979年ですから昭和54年になります。26年前なんですね。この年記憶にあるのは、三菱銀行猟銃人質事件。TV中継でその事件を一部始終放送していたように記憶しています。事件の中継なんていうものを始めて見たものですから、事件というものが人事ではないのか?と少し怖くなった。東名・日本坂トンネル事故もこの年ですね。事故の教訓というものが、色々な意味で生かされていない。繰り返すものだと特に尼崎の脱線事故で思います。

音楽界に目を向けると、演歌の黄金期、フォークの隆盛。そしてゴダイゴ、アリスなどの懐かしいグループが活躍していました。ヒットチャート番組のザ・ベストテンも隆盛を極める。当時は、余りに音楽の情報を手に入れるのに不便な時代でした。TVやラジオで聴いた音楽を実際にレコード店で確かめる。友達からの口コミも大きな時代。オールナイト日本を聴く事が、なにかクラスの先行く感じがしていたそんな時でした。

長渕世代のミュージシャンはというと、サザンオールスターズいとしのエリーがヒットしています。現在、歌だけで勝負できるのは彼らだけではないでしょうか?息が長いと一言では言えないサザンの活躍。時代をまたぐスターは、常に新しい取り組みがあります。’79に新鮮だったサザンは、今も新鮮さを生み出すことが出来る。

80年代に突入を前に、フォークが時代の波にのまれようとする、音楽の多様化に進んでいく年。演歌歌手にしてもフォーク歌手にしても、当時感性が時代を制していたが、現在は消えている。また、ゴダイゴがTVとコラボするというスタイルを確立させた。

【1979年ヒット曲】

夢追い酒(渥美次郎) おもいで酒(小林幸子)北国の春(千昌夫) みちづれ(牧村三枝子)ガンダーラ(ゴダイゴ)チャンピオン(アリス)セクシャルバイオレットNo.1(桑名正博)など。

この時代というのは、現在に比べると様々な情報が与えられるものでした。音楽もそうですが、日々のニュースもそう。不器用な時代といえるかもしれません。長渕さん流に言うと、携帯もない。異性の電話をするときも、親御さんが電話に出ないかな?ドキドキする時代でした。

情報を与えられるとう時代。見えない世界が多く、大人の世界がとても気になり、早く大人になりたいと思っていました。知らないことが多いというのは、好奇心をとてもくすぐります。現在ある情報インフラが子供の頃あったら?想像もつきません。今の子供は恵まれている、いや羨ましいと感じます。でも、僕らの世代は不器用な時代を知っている。そして、今の時代を生きている。今の子供が不器用な時代に後戻りは出来ない。実はとても素晴らしいアドバンテージなのかもしれませんね


風は南から
【収録曲】
俺らの家まで
僕の猫
いつものより道もどり道
カントリー・ワルツ
待ち合わせの交差点
不快指数100%ノ部屋
今宵最後のブルース
君は雨の日に
巡恋歌
長いのぼり坂


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アコースティックウェーブミュージックシステムII - サウンドリンク

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